野田の、野田による、野田のための記念日。
こんにちは、野田大志です。
というわけで、毎年1人静かにお祝い(?)している、“意味論記念日”。
意味論記念日なのだ。↑こんな感じで、このブログで11月9日には必ず書いてきたので、野田のことをよく知ってくださっている方には今更説明の必要もないかもしれませんが、2002年の11月9日、金沢大学教育学部の1年生の秋に、学部時代の恩師の加藤和夫先生にご紹介していただいて参加した日本語教育学会北陸地区研究集会で、初めて籾山洋介先生の存在を知り、先生のご研究(現代日本語の意味論、認知言語学)に触れ、大きな大きな感銘を受け、その3年後、名古屋大の大学院に進学し、籾山先生の研究室に所属することになったのです。
というわけで、2002年の11月9日は、今の野田の大切な原点です。
そして、この“意味論記念日”も、今年で何と10回目!
10回目という1つの節目が、大学の専任教員として1年目の今年であるというのには、何だか感慨深いものを感じます。
学部時代の指導教員の加藤先生には、1年生の前期のいちばん最初の授業後に(今考えれば、恐れ多いというか世の中を知らないというか、そんな部分もあったわけですが)日本語の研究を志しているという気持ちを伝え、その気持ちをしっかり受け止めてくださって、その後も現在に至るまで様々な場面で親身にご指導いただいています。
そして、その加藤先生にご紹介いただいた籾山先生にも、大学1年生の頃からメール等を通じて現代日本語の意味論、認知言語学についてご指導いただき、大学院生になってからも5年間、時に優しく、時に厳しく(←先生にとっては、ほんの“肩ならし”のようでしたが 笑)鍛えていただき、何とか後期課程3年目に無事に博士論文を提出することができました。
振り返ってみれば、学部、大学院と、素晴らしい恩師にご指導をいただけたことは、今の僕にとってのかけがえのない財産です。
ここでの“素晴らしい”という形容詞の意味は、とてもここで数行で記述できるようなものではありません。ただ、あえて言うならば、籾山先生と加藤先生は、僕にとっては理想の研究者そのものであり、理想の教育者そのものであり、理想の“男”そのもの、ということなのです。
もちろん、これまでの人生の中では、お二方以外にも本当に素晴らしい方々と出会い、そんな方々のおかげで今の自分があるということも当然のことなのですが、そもそもそういった方々との出会いの大部分は、お二方との出会いが何らかの点で基盤になっているといっても過言ではありません。
今、曲がりなりにも大学の専任教員という立場でいるわけですが、勤務校の学生たちにとっての野田は、野田にとっての籾山先生、加藤先生のような存在であるとはまだまだとても言えません。
それでも、少しずつでも“理想”に近づけるように、ひたむきに進んでいきたいと思っています。
そしてまた、他者との出会いが、そしてその出会いに自分なりの意味づけをすることが、人生においてどれほど貴重なものなのか、ということは、これからも学生たちに伝え続けていきたいと思っています。
ちなみに、教育、ということに関しては、今、4年生のゼミ生2人は、2か月後の締切に向けて必死で卒論を進めています。3年生のゼミ生8人は、卒論も視野に入れて準備を始めつつ、就活も少しずつ本格化していくという状況にあります。そして2年生の学生たちはちょうど今週末から、研究室訪問をし、3年生のゼミを選ぶという作業に入ります。学生たちにとって大切な時期に、学生1人1人のことを、可能な限りしっかり見つめてあげたいと思います。