冬のはじめに桜咲く。
こんにちは、野田大志です。
この春に東北学院大に着任して早々に、4年生のゼミ生2人を担当することになりました。(授業は1つも担当していなくて、いきなり卒論指導をすることになった子たちです。)
2人のうちの1人はある程度早い段階で某企業の内定を得ていたのですが、もう1人も今週になって内定の連絡をくれて、ゼミ生第1号の2人は無事に就職先が決定しました!
1人は東京に行き、1人は宮城に残ることになりますが、いずれも名の知れた安定した企業です。
僕としては、2人とはこの春からのまだまだ短い付き合いで、就活に際して何か力になってあげられたかといえば全くそうではないわけです。それでも、毎週卒論指導で会うたびに、就活、将来、現状、その他、“自分自身”を取り巻く様々なものに対してひたむきに向き合っている姿を目の当たりにしてきたこともあり、その努力が実を結んだことに対して、心からの喜びを感じています。
これで、2人とも、大学生活で残すは卒論のみ。大学生活を、心から納得のいく形で締めくくれるように、僕としても最大限サポートしてあげたいと思っています!(とはいえ、本当に素直な、良い意味で純粋な子たちで、卒論に対しても程よく楽しみながら真剣に取り組んでいるので、心配はしていませんが。)
それにしても今年は、震災の影響もあって、就活に苦戦している学生はまだまだたくさんいます。
この状況はもちろんすぐに変わるわけではないので、来年、再来年も、同じようにゼミ生は苦労することになるのだろうと思います。
今、3年生のゼミ生は8人いて、この子たちもちょうどこれから就活に真剣に向き合う時期がきています。
これまでにも、例えば希望している業種が分かれば、その業種で働いている知人とその学生とを繋いであげたり、内定を得た4年生にゼミの時間を使って就活体験談を話してもらったり、自己分析のもとになる他己分析を手伝ってあげたり、と、自分にしてあげられることを見つけては、行動に移すようにしてきました。
もちろん、大学教員は学生に何をすべきなのか、何をすべきでないのか、という議論は常々あるわけです。
僕としても、教育(学問を伝えること)が、教員としての最大の役割であることは十分に承知していて、それに対する努力は何よりも優先しなければならないと思っています。(すぐに血や肉になるような、ある種の実利的なこと、以外に、極めて大切なことが山のようにあるということは、昔も今も強く信じています。)
とはいえ、時代の移り変わりとともに、大学の在り方、学生の在り方、教員の在り方が変わっていることも、事実。
その移り変わりに敏感でいて、その移り変わりに柔軟に応じて、教員としてすべきこと、してあげられることの範囲を、時に拡張させたり、時に縮小させたり、時に微調整したり、という取り組みを続けていくことも、教員の重要な役割の1つなのだろうとも思うわけです。(学部時代の恩師に、常々そういったことを教えていただいたことも、大きく影響しています。)
これはもちろん、就活に関するサポート、という側面だけではありません。
大学教員としての日々はまだまだ始まったばかりで、大きなことも言えない立場ではありますが、今関わっているたくさんの学生たち、これから関わることになるたくさんの学生たちのために、自分に何ができるのか、自分は何をすべきなのか、常に真摯に模索し続け、行動に移し続けていきたいと思っています。
ちなみに、先週から、今の2年生の学生の研究室訪問(3年次のゼミの選択のためのもの)が始まり、日々、研究室にいれかわりたちかわり学生たちが訪れています。
ゼミの選択ということも、場合によってはその後の人生に大きく影響を与えることもあるわけで(少なくとも、僕自身は学部も大学院もそうでした)、ゼミを選ぶということの(、単に1つの科目を選択するということ以上の)重要性というか意義が、僕の話から研究室を訪問してくれたみんなに少しでも伝わっているといいな、と思います。(もちろんそういった重要性なり意義なりは、与えられるものではなくて、自分自身が見出すべきものですが、そのことも含めて。)